Life is learning / twitter以上、Blog未満。

生きることは学ぶこと。日々感じた気付きや想い、仕事のことからプライベートのことまで、140文字以上で投稿します。

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助けると助けあうの間にある、「分かちあう」ことについて

分ちあうこと。

0.タイトルの文章に入る前に

先ず,文章を読んで頂く前にお伝えしたいのは、これから書く内容は非常に個人的なことです。

また年齢に相応した文章内容とも思えませんし、「今更そんなことか」という、あまりにも平凡なことかもしれません。

それでも3回目の3.11を迎える前にどうしてもまとめておきたかった理由があります。

それは私自身の12年間、社会人3年目(25歳)から心のどこかで引っかかっていたことで36歳を終えるつい最近まで本当に無意識に違和感を覚えていた「心持ち」というか「世界の捉え方」について、まとめようと思います。

何かの本に書いてあることや誰かの言葉、ということではなく、自分なりの解釈で今まで感じてきたこと、そしてこれから自分自身の使命として追求したいことがやっと見つかった、ということをお知らせする事になると思います。少し大げさですけど、そんな気持ちなんです。今は。

初めてお会いする方はもちろん、今まで親しくして頂いた方にも聞かれるのは

「なんで復興支援してんの?」ということです。

特に36歳で職場を変えたこともあり、周囲の方をびっくりさせたと思います。
実は職場を変えた理由と25歳から悩んでいたことは関係があるので、そのことをタイトルにしました。

そしてこの文章をまとめられたのは、自分自身が乗り越えるべき課題に向きあえたからだと思います。
その課題、とは「父親との関係」でした。少しだけお付き合いください。

私の父は今は個人事業主として71歳にも関わらず精力的に仕事をしている、ユニークな父親です。30代の頃には従業員を数十名雇用もしていたし、事業を成功した経験も失敗した経験もあり、本当に経験豊かなユニークな人です。

彼は実体験を通じて学んだことを小さな頃から私に教えてくれました。それは「教える」というよりも「一緒に経験させる」というもので子供ながらに仕事の打合せに同席したり,子供が入れないような高級なお店や夜の盛り場に連れて行ってくれたことを思い出します。
当時は「もっと一般的な会社員の家庭に生まれて、平和に暮らしたい」と思っていたこともありました。

他人よりも少しユニークな経験をしているので、どうも10代のころから突拍子もない選択をしてしまう癖がついていました。また(恐らくですが)父は私に経営者としての素養を植え付けるような経験をたくさんさせてくれたんだと思います。そんなこともあって、多分私の人生の選択は少しユニークになっていると思っています。

さて、そろそろ本題に入りましょうかね。

助けること、そして助けあうことの間にある「分かちあう」ことについて。

1.まずは自分が自立できないといけない、と考えていた20代前半。

そんな背景がありながら大学を卒業後、働き始めました。初めて入社した人材サービス業(求人チラシ広告屋さん☆)の会社に14年勤めたのですが、周囲の同期や先輩からは


「一番最初に辞める」


とよく言われていました。それくらい、自分の性格や志向とは異なる社風の組織で自分自身を鍛えていきました。協調性や社交性がないわけではないのですが、20代の頃は我が強く、まあ、わがままって感じだったんだと思います。(今でもそうかもしれません)

そんな会社で働けてよかったことは2つあります。

1つ目は「ビジネスの基礎を学べた」ということです。法人営業、事業企画、媒体のリブランディング、新規事業開発、営業部運営や、リストラ対応など、1,000人以上の組織の中で当時学べることは全て学びました。この経験ができたことに本当に感謝しています。

2つ目は多様な人間関係を学べました。会社を辞める最後の2年間は最高の仲間に恵まれました。いいことだけでなく、入社当時からたくさんの方に迷惑をかけたし,理由も分からず嫌われることもありました。組織で働く社会人としてはご縁と機会を頂き,たくさんの経験を積ませて頂きました。

結果的に、20代の経験を通じて「自分一人であれば生きていけるだろう」という自立する力,生きて抜いていく力と自信を身につけることができたと思っています。まずは「自分を助ける」ことができるようになった、というところでしょうか。

2.自分自身を支えられた後、何のために働くのか?を考えていた20代後半〜30代前半


そうなってくると、少しずつ、自分以外のことに興味関心が生まれてきます。自分の仕事ぶりや評価よりも所属している会社がどのように社会に認められているのか,自分が働くことで、どんな価値が生まれているのか,などなど。。ちょっとかっこいいこと、背伸びしたことを考え始めたわけです。

結婚をしたことも影響していると思います。パートナーを養っていくことも大切な仕事です。そうなってくると自分がガンガン働く、ということはもちろんですが今度は私が学んだ経験を若い世代に継承していったり,私の経験を組織内に残していきたい、という思いも芽生えてきました。

自分自身が変化・成長していくことだけではつまらなく感じてきた、満足できなくなってきたのが2010年頃、社会人10年目あたりだったと思います。10年以上の経験を1社で培ってくると、それなりに社内では助けられることも増えてきていました。社内で出来る「助けあうこと」を、社外、世の中に還元することってできるのかな?(組織の力を使わずに、個人の力で)・・・。

ということを漠然と考え始めたのもこの時期です。
少しずつ社外での交友関係を広げる読書会や勉強会等のコミュニティ活動に精力的に参加していました。

同時にこれから働くとしたら、「自分の組織/チーム」を持って働いてみたい、とぼんやり思い始めてもいました。

そして2011年3.11、震災が発生したのです。

東日本大震災が発生し,働くこと,生きていくことの考え方が大きく揺らぎました。変わった,というより本当に揺らいだ、というのが適切な表現です。

そんな中で復興支援プロジェクトを掲げる「助けあいジャパン」という団体に、社外で知りあった仲間が多く参加していました。自然と私も興味関心が沸き、団体の情報をチェックし、関わるようになっていきました。

そしてある言葉と出会いました。

防災でよく使われる「自助、共助、公助」という言葉でした。

(参照URL▶http://www.newton-consulting.co.jp/bcmnavi/glossary/subsidiarity.htm


自助とは、自ら(家族も含む)の命は自らが守ること、または備えること
共助とは、近隣が互いに助け合って地域を守ること、または備えること
公助とは、区をはじめ警察・消防・ライフラインを支える各社による応急・復旧対策活動



この考え方を耳にしたとき、

災害対策だけではなく人生を生き抜くサバイバルの考え方に近いなあ。

と漠然と感じていました。まずは自分を助けること。心も身体も健康で、仕事を通じて収入を得られる、自活できる力があること。本当にこのことって重要だなあ、と今でも感じます。

誰かに何かを提供するには、まずは自分自身がしっかりとしていないと始まらない。特に助けあいジャパンに関わるようになって、非営利組織で働いている人と関わるようになって強く感じました。



人を助けられる人は個人としてもとても逞しい
=自分をしっかり持ち,一人で生きていく力のある人でないと勤まらない。




ということです。逆に「何かをしたい」という助けたい、という思いがあって、実は自分自身を助けられていないことに気付くこと、私自身も感じる時があって、「いやいや、これでは続かないなあ」と気持ちを立て直すことが前職よりも増えた気がします。


そして3.11以降、私はぼんやりと「助けあう」ということを考え始め、行動の軸におくようになっていきました。


3.助けあいジャパンで学んだ助けると助けあうの間にある「分かちあう」ことの大切さと難しさ

助けあいジャパンに職員として働こう、と決めた理由の一つは実は代表理事を務めていた野田祐機さんを微力でもいいから「助けたい」という気持ちでした。公益社団法人になったばかりの助けあいジャパンは創設者たちから経営者の可能性を見出された野田さんが「復興と防災を推進する公益社団法人を目指して」まさに助けあいの実現のために尽力していました。当時の私はまだボランティアで支援している立場だったので、職員の方々が必死に働いている姿をみて、本当に大変そうに見えました。(たぶん、今の私もそう見えているときがあると思います)

職員となった私もやはり、同様で(苦笑)復興を前に進める、というのは想像以上に問題や課題が多く、社会人として培った仕事の力を発揮するも、脆くもはじき返される、そんな日々です。もちろん初めてのことが大半で、経験がない中、今まで培った力を使って応用問題を解いていくようなことが日常です。前職は人員も充実していましたし,組織態勢も(今考えると)とても盤石で、働く環境、仕組みが出来上がった中で如何に働かせてもらっていたのか、を実感します。

おそらく復興の現場で働くことは、ベンチャーを立ち上げる時のようなそんな感覚がぴったりなんだと思います。経営資源が乏しい中で、一人ひとりの職員が能力を最大限に発揮して事業を推進してく,そんな日々です。

刺激的であると同時に、自分自身の力不足を毎日感じています。うまくいかないことの方が多くて、凹んでいたらきりがないくらいです。(笑)

それでも充実しているのは、自分が前職で果たせなかった「自分を助ける」に留まらず毎日が「誰かを少しでも助けている」ことにつながっていると感じる機会が多いからだと実感しています。東北の被災された方々とふれあう機会があることも大変有り難いことです。また復興支援をしている企業や団体の方々は本当に「人間として磨かれた」素晴らしい方々が多く,出会う人に刺激をもらうと同時に、自分自身も更に何か出来ることがあるはず、という勇気をもらいます。

一方で現実は厳しいこともあり、こんな素晴らしい方々が集まっても「復興の現実」をなかなか前に進められないもどかしさも感じています。

「助けあうってなんなんだろう」

そのことが頭の片隅からはなれない、そんな日々が職員になってから、ずっと続いていました。

特に難しいのは「資金調達」です。お金を非営利法人が集めること、ファンドレイジングがどれほど簡単ではないのか、を身を持って体感しました。



最強の営業マン=ファンドレイザー



と、以前耳にしたことがありますが、本当にその通りだと思います。

そんな日々を通じて学んだこと。助けあいジャパン、という非営利法人にいながら、お金と人の運営、そして経営者のそばで働きながら、学んだこと、それが助けあうの手前にある大切なこと、でした。

助けあいジャパンの中で仕事がうまく進むとき、または新しいブレイクスルーが生まれるとき、このことが上手に作用した時だと思っています。それは・・・。

助けあう前に他者と「分かちあうこと」がどれだけできるか

これが私が人生の中で向き合うことができていなかった、大切なことだったんだ、と気付くことができました。

本当に相手を助けたい、と思ったら、相手と感情も行動も、志向も未来の目標も少しずつ分かちあうこと。喜びも悲しみも、憎しみも苦しみも、相手が受け取れるように、時には自分の素直な気持ちで遠慮せずに分かちあうこと。



この助けたい、という前にする「分かちあうこと」って簡単そうだし、当たり前でしょ、って思いますよね。



でも、実はなかなかできないんですよ。

なぜなら、相手の機微に「気付き」、気付いたことを「知り」、尚かつ「識る」ことで他者への理解を深めると同時に同じ視点で自分自身の機微にも気付き,知り,識ることで、相手が受け取りやすいように言葉や表現を選び、タイミングを図りながら、少しずつ「相手と自分の境界線を溶かしていく」とても高度なコミュニケーションだからです。

おっと、難しくなってきたなあ、、と思ったので、究極の「分かちあうこと」を一言で表現しようと思います。

それは「アンパンマン」です。

彼は自分の頭=あんぱん分しか相手を助けられません。とてもじゃないけど、助けあい、とまではいかないのです。でも、アンパンマンのすごいところは「相手が食べやすい=受け取りやすい形に自分自身をちぎって」分けあたえることです。

少しずつ、少しずつ、アンパンマンは分かちあっていきます。最後、自分がなくなる寸前まで、分かちあった時に「やっと」ジャムおじさんや仲間たちが「助けて」くれる。

こ、こんなことか!復興支援に必要なことは!!

私がやりたかったこと、20代〜つい最近まで悩んでいたことってこんな単純なことなんだ、って思った反面、でもこの「分かちあう」ことができている人ってどのくらいるんだろう、ってふっと現実に戻ります。


◯地下鉄の駅構内で重い荷物を持っている方がいたとして、「持ちましょうか?」って言葉を投げかけられるだろうか?


◯気分が悪そうにしている人が電車の中にいて「大丈夫ですか?座りますか?」と声をかけられるだろうか?


◯いつもそばで支えてくれているパートナーに「いつもありがとう」って感謝の気持ちを伝えられているだろうか?


そんな些細なこと、そんな小さな日常のことです。復興とか、社会課題解決とか、そんな大きな話、誰かの話ではなくて、皆さんの日常に溢れている些細なことです。

そして実は私にとって、その些細なことは最初に書いた父親との関係だ、ということにも結びついたのです。

よく考えてみると私は成人してから父親に一度も自分が思っていること、悩んでいること、理解してほしいことを素直に言葉にしていなかった。大事なことはいつも自分一人で決めてしまっていた。

社会人になってから、人生の決断で父親に相談したこと、悩みを打ち明けたことってなかったんです。いつも勝手に自分で決めてしまう、そんな関わり方を父親としていたのです。

自分の性格として、分かちあうことが苦手なことに向き合わざるを得なくなりました。
自分の弱さと向き合った、とも言えますね。そのことに気付けたことが本当に大きかったです。

職場を変えてから、父との対話、分かちあうことを少しずつ増やし、やっと仕事の話をお互いできるようになりました。

前職では給料が上がろうが、役職がついて昇進しようが、全然喜んでくれず、いつも「お前は仕事をしていない」と叱られていました。そんな父親と過ごす時間が苦痛でした。彼が何をいいたいのか、さっぱり分からなかったからです。自分のように経営者を目指さない息子が嫌なのか?なんなんだ??とずっと謎でした。

でもきっと、父親が伝えたかったことは


「我慢」することと「自分を偽る」ことは違う。

お前がやりたいことを自分の責任でやり通しなさい。

自分の旗を立てなさい。



そんなことなんじゃないか、って思っています。最近の父親からは珠玉の名言がばんばん飛び出す感じで,自分の親ですが、かっこいいな。。と思います。これも親孝行の一つかもしれません。(汗)

そのことに36歳の冬、年末に気付きはじめました。恥ずかしいです,正直。(汗)この年でこのことに気付くなんて。


そこから仕事も少しずつ前に進むようになり,心の違和感、世界の捉え方も本当にすっきりしてきました。相手を助ける、助けあうの前にやるべきことがある。



それが「分かちあう」というとても単純なことでした。



4.分かちあう、という技術。

とはいうものの、仕事も大変だし、東北を取り巻く環境もけして明るい兆しばかりではありません。復興の風化は想像以上だし、風評被害、と言う言葉自体に強く反発する方々もいらっしゃったりと、課題山積みです。

助けあいジャパンが総力をあげて取組んだ「きっかけバス47プロジェクト」もやっと47都道府県からバスを走らすことが出来た、でも寄付金はまだまだ足りない!(汗)そんな状態です。

それでも、私は楽観視しています。

なぜか?それは「分かちあうチカラ」を信じているからだと思います。

日本人は助けあう前に、本来苦しみも悲しみも、喜びも楽しみも、分かちあって生きてきた歴史を持っていると認識しています。自然環境の変化の激しさは昔も変わりません。自然の脅威に晒されながら生きてきたこの日本という国に暮らす人々の無意識に眠る「分かちあう心」を信じているんだと思います。

まずは分かちあおう、そして助けあおう。

これが私の2014年3.11以降のスローガンです。

あなたの喜びも悲しみも、苦しみも楽しみも。少しだけ分かちあってくださると嬉しいです。
そのための仕組み、私は残りの生きている時間を費やして生み出そうと思っています。

先ず第一歩、きっかけバス47プロジェクトをぜひ応援、して頂けると嬉しいです。このきっかけ、って極論、助けあう前のきっかけづくり、だと思っています。
JALのマイルでも、Pontaポイントでも、寄付できます。もちろんカードや振込でも大丈夫です。若い力が炸裂したこの動画、ぜひご覧ください。

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▶JAL×きっかけバス47
【きっかけバス47ってなんだ?の方へ】
http://youtu.be/8IPuFCDZ650

【きっかけバスへの寄付はこちら】
http://kikkakebus.tasukeaijapan.jp/donate/

==================


ご報告▶一般社団法人ローカルエイトを設立し、代表理事として活動を開始します。

ローカルエイト


父親との対話を通じて、私も覚悟が決まりました。

2010年よりボランティアで関わり,いまではお仕事を頂くまでになった富山県南砺市利賀村の地域産業振興を最初の仕事とした「ローカルコミュニティリノベーション」を推進する団体「一般社団法人ローカルエイト」を3月4日に設立しました。

利賀村に関わりつづけた仲間と共に地域を元気にする仕事を追求します。もちろん、変わらず助けあいジャパンの仕事もいたします。これからは二足の草鞋になりますが、ローカルエイトはゆっくり、じっくり育てていく団体です。今年は事業計画や人材獲得、資金調達等法人運営に必要な資産形成をつくることが最優先。2015年より本格的に事業を推進していきます。父親にも監事として加入してもらいました。父が培った仕事のノウハウを受け継いでいけたら嬉しいです。

最後になりましたが、36年間私を支えてくださった皆さんに心からの感謝を。そして37歳になった私もどうか変わらずご贔屓に。

今後とも皆様からのご指導とご鞭撻、何卒よろしくお願いいたします。

2014.3.10 野村謙次
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  1. 2014/03/10(月) 21:43:11|
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kz_nomura

Author:kz_nomura
<活動テーマ>地域再興支援/ビジネスモデルづくり/人材開発支援の3点を活動の主軸においています。
<活動領域>非営利法人の組織運営全般/ビジネスモデルを含む持続可能な地域活性/地域再興支援の領域で日々実践を重んじながら研鑽を積んでいます。■休日は銭湯でのんびり*このアカウントでの発言は私が所属している団体と関係のない個人的な発言です。

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助けあいジャパンは復興と防災に特化した公益社団法人です。

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